杜を訪ねて

神社めぐりと出会った獅子・狛犬たちへの想いについて。また、時にはモノローグも。

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書評 「神道はなぜ教えがないのか」

本日は本のご紹介です。


神道はなぜ教えがないのか
神道はなぜ教えがないのか (ベスト新書)神道はなぜ教えがないのか (ベスト新書)
(2013/01/09)
島田 裕巳

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本書の冒頭でも書かれていることですが、神道とはどんな宗教ですかと聞かれたらなかなか明確に答えるのが難しいものです。

著者はその理由として、他の宗教に対して、神道は「ない宗教」であるからと述べています。

では、なにがないのでしょうか?

神道には開祖に当たるような人物がいない。
神道には教義というものがほとんどない。
神道には救いというものがない。

確かに仏教やキリスト教などと比べてみてもこれらのものが神道にはないようですね。(救いについてはその人の取り方もあると思いますが)

そして私のブログでご紹介している神社。
神社の本殿の中にも、実質的に何もないと著者は述べています。

確かに本殿の中に神様がいらっしゃるわけではなく、本殿には神が宿っているとされる「鏡」や「御幣」のような依代があるだけですものね。
(実際に本殿の中をわれわれが見ることはほとんどできませんが)小さなお社や祠を覗いてみると寺院のご本尊のように仏像があるわけではなく、依代くらいしかありません。



このように「神道とはこういうものです。」とはっきりとした説明がしづらいのに、なぜ人は惹かれるのでしょうか。

そこには、「ない宗教」だからこそ、日本の風土の中で「ある宗教」である仏教とうまく融合しつつ育まれてきた歴史があるように思います。

神仏習合の時代を経て、儒家神道・復古神道・神仏判然令で仏教と分離させれれつつも教派神道・そして国家神道へといろいろな形を取りつつ、知らず知らずのうちに、生活の中に溶け込んでいる神道。

自分は無宗教と考えている日本人がお正月には初詣、子供が生まれたら初宮参り、神前での結婚式などあまり疑問を持たずに行っているのもその一つの現れのように思います。



私自身の神道の概念は、宗教というより、日本の自然の中にあるもの、その具現化としての八百万の神、そして神域としての神社。惟神(かんながら)の道というように、 そこに神(自然)を感じ取ることかなと思っております。

ゴミの不法投棄や立ち○○がされる場所に、鳥居の印を書いておくと、被害が少なくなると聞いたことがありますが、もしかしたら、行為をやめた方は何かを感じたのかも知れませんね。




私は神社の境内の中のあの空気に魅かれます。

あの空気に触れたくて、神社めぐりをしているのです。

そんな中で出会った神社をブログにてご紹介させていただいており、ご覧いただいた方に何かを「感じて」いただけたら大変うれしく思います。



「ない宗教」ってなに?と疑問を感じられて方はぜひ本書を手にとってみられてはいかがでしょうか。




本日も皆様にとっていい一日となりますように。






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テーマ:本の紹介 - ジャンル:学問・文化・芸術

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